発表前日の俺は流石にソワソワしていた。試験の手応えはあった。計算は出来た、理論も守りきった。それでも相対評価の会計士試験では蓋を開けるまで何がどうなっているかはわからない。
もし落ちていたら…三振になってしまう。また短答式試験からやり直すハメになる。短答は12月。11月から勉強を始めても間に合うかどうかは怪しい。
頭がぐるぐるしたが、終わったことで悩んでも仕方ない。俺は発表は近畿財務局へ彼女と見に行くことにした。
⇒当時ネットよりちょっと早く発表があった
当日、彼女と待ち合わせ電車で近畿財務局へ向かう。発表時間より少し早めに着いた。
掲示板のような物に幕がかかっていた。この幕の裏にはすでに結果が出ているのだ…!俺はゴクリとつばを飲んだ。
そこにはそこそこ大勢の人が来ていて、老若男女問わずにいた印象だ。きっと受験生の家族や、講師の方々まで来ていたんだと思う。
その場のあまりの緊張感に俺は腹が痛くなってきた。そして俺は腹痛に耐えかねて、発表時間数分前にビッグ・ベン(大便)に行った…!
⇒トイレは済ませておこう
ビッグ・ベンから戻ってきたら既に掲示板の幕は取り払われていた…!多くの人だかりが掲示板を囲んでいた。
その中で俺に気がついた彼女が何やら喚いている。
彼女「あった!!あったよ!!!」
俺「まことか!?」
こんな言葉遣いではなかったと思うけど、こんな心境だった。俺はすぐに人だかりをかき分けて掲示板の前に行き、自分の名前を探した。
俺は彼女が指差す方角に鋭い視線を向けた…!
「あ、あった!…いや、違う!名字は同じだけど違う人だ!!!」
正直、こいつやりやがった…って思いました。去年も一昨年も自分の番号がない事を経験してる俺の胸に絶望がまたも去来した。
彼女「ちゃうちゃう、あれや、あれ!」
俺は再度彼女の指差す方を見た。
…あった!!!確かに俺の名前が掲示されていた。(同じ名字の人が3人くらいいた)
本当に嬉しかった。本当に辛かった。苦手な理論科目に苦戦して、元カノとも色々あった。おばあちゃんも亡くなった。彼女とも別れそうになった。故郷の東京も捨てた。縁もゆかりもなかった神戸の地で心機一転頑張った。
俺はこの日人生で初めて嬉し涙を流した
⇒受験生活、辛ければそれだけ受かったとき嬉しいです。短期でも長期でも、落ちても受かってもドラマがある。
俺は喜びを爆発させつつも、ルミエ自習室の二宮さんに電話をかけた。二宮さんは公共の場にいたようだが出てくれた。
俺はとにかく受かったこと、自習室での勉強が実った事を伝えた。電話越しで二宮さんも泣いているのがわかった。俺の合格を一緒に喜んでくれた事が嬉しかったし、一つのことをやり遂げた気持ちになった。
少し冷静さを取り戻してから親父にも電話した。父は冷静だった。「そうか、よかったな!」こんな感じで喜んでくれた。
それでも、内心親父も相当嬉しかったであろうことを俺は知っている。
ラインで東京の受験仲間とも喜びを分かち合った。
後日、職場の中村さんを始め仕事仲間にも報告した。みんな祝ってくれた。
そのあたりはフワフワしていて記憶が曖昧だ。でも、これだけは覚えている。俺はこの喜びのテンションのまま彼女と旅行に向かった。
実はこの選択が大悪手である事を後に知ることになる。
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