「私たち、もう無理やと思う」
薄暗い部屋の中で彼女にこう告げられた俺は、どうしてこうなってしまったという気持ちと、去年警察沙汰になった記憶がフラッシュバックしてぐちゃぐちゃだった。
初めて東京を出て、縁もゆかりもない神戸に住み始めて数ヶ月。俺はすべてを完璧にこなそうとしていた。おばあちゃんの死後、仕事、勉強、料理、彼女とすべてに全力を注いでいた。
もしかしたらそれがいけなかったのかもしれない。全力を注ぐあまり、俺の神経はピリピリと張り詰め知らないうちに彼女への当たりや態度もキツくなってしまっていたのかもしれない。
しかし、この時は反省している暇はなかった。考えた事は一つ。ここで彼女に振られたら間違いなくそれを引きずり会計士試験に不合格になると思った。
もし不合格になったら、神戸に一人で東京からやってきて会計士試験に三振し彼女も失った負け犬が残るだけだ。
東京にいた頃、彼女の家の近くに住むために神戸に引っ越すと周りに伝えた時の反応を思い出した。
「女を追って地方に引っ越して会計士試験に合格するわけがない」
「意味がわからない。価値観が違いすぎる」
こんな意見が多かった。言わんとする事はわかる。でもそれは、俺に当てはまる言葉ではない。
俺はその時必要だと思ったり、興味の湧くことに対して全力を出している。神戸に引越した事は凄くいい経験になっているし、チャレンジしたことに後悔はない。それに、会計士試験に合格したら言ってきたやつは全員黙る。
⇒人の意見を聞きすぎて流されないで
その時彼女に取った行動は、とにかく全力で引き止める事だった。
俺はあらゆる手を尽くして彼女を引き止めた。勉強するとアドレナリンが出てすこし攻撃的になってしまう事の説明、合格後には結婚を考えている事、大手監査法人を辞めて寿司屋でバイトする事の意味、試験合格まで支えて欲しい事。
何分、何時間説得したかわからない。とにかく必死だった。試験当日よりも必死に頭を使ったかもしれない。一生で1番熱意を込めたかもしれない。
そんな時間を経て彼女はこう返事をした。
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